昭和40年12月08日 朝の御理解



 前向きの姿勢と、この頃は良く使われます。お互い信心を進めていくと、何時も前向きでなからにゃいけん。前進前進でなからにゃいけん。ところがその前向きの姿勢ということをいうからには、やはり後ろ向きということも考えなきゃならない。私共の信心は果して前向きの姿勢であろうかと。前進の前進をたどっている信心であろうかと。後ろばっかり振り返って、後ろ向きの信心じゃなかろうかと。
 いわゆる、後すざりをしておる信心じゃなかろうかと思うて。今の椛目のこれは、私も含めて皆さんの信心をいうなら、そう言う様な意味で表現するのはどういう風にこの、椛目の信心の状態というのはなっているだろうか。姿勢というのはどういう風になっているだろうかと。検討してみなければいけません。どうでしょう今大体言うなら今こそ、椛目全体のものが前向きの姿勢を持って、それこそ一心不乱というか、ね。
 わき目も振らず前進、前進の一途を辿っておるという時でなからなければならない時は、またと無かろうと思うような、大事な時期である。にもかかわらず私共の信心は、果たして前向きであろうか。そう言う様な姿がです、でないということを、今度私、つくづく感じたことはあの、ご本部参拝に現れておるですねえ。何時もこの十二月の、十日のお祭りは皆様方ご承知のように、四神様のお祭りなんです。
 椛目の信心はどこまでも、四神様そして桂先生、いわゆる桂先生のご遺志を継がせて頂いて、当時は何本も四神様のお祭りというたら、九州から特別列車が仕立てられて、お参りをしたというのに、それから繁盛のおかげを頂いておらなければならんのに、今度ご本部参拝などは教務所のほうで、勿論特別仕立ての列車も無いです。普通の列車に幾箱かを、連結してもらって、それに団体乗車をするわけなんです。
 久留米のために一箱とってあったらしい。ね。ところがその久留米からはどこも御参りが無いからち言うて断られた。さあ一番困られたのは教務所です。国鉄との約束もあるし、困っておられるところへ、私の方には全然その、ご本部参拝の申し込みなんかを言うてなかったもんですから、もうそういうあちらを断られた後に、善導寺でこの前の月次祭のときに、「椛目はどげんじゃろか、こんどのお参り」。
 「さあ家は何時でん三、四十人ぐらいありますばってん、今年はどげなふうでっしょか」「御造営もあっとることでございますけん。一団体いわゆるその小口団体の、二十四、五人ぐらいは椛目で出来ましょう」と、私が。「あらそげなこつの」ち、親先生びっくりなさっておられますもん。「そんならあんたもう教務所のほう断ることいらじゃった」というわけなんです。
 それであのすぐ、団体の世話なさっておられる教務の先生に、お電話で連絡をとられ、お電話というか見えられたから。あのそうしたところが、日吉先生としてはもう今頃断ってからもうどうにもでけん。といって断られたそうです。それで親先生としてはあんまり気分も良くなかったんでしょうね。そんな訳だったもんですから、直接その教務所のほうへ連絡取られたんです。
 ところがその参って貰えるんなら本当に助かりますと。そのわざわざその為にでも、国鉄員を連れてから、明日見えることになった。日吉先生が、あのうその事で来ますからどうぞよろしく御願いします。「久留米のために、実は一箱とってあるんですよ。それがあぁた空になってしまって、もうその国鉄には申し訳ない様な事になっておる」と。「ああどうも有り難うございました」ということを。
 大祭の日に私共がお参りしているとこへ、親先生が見えまして、丁度お祭りが済んだときに、教務所から電話が架かって来たというわけなんです。ね。情けない事になって来たなあ九州の信心も。とこう私はこう感じるのです。その九州の信心じゃない、いわゆる椛目の信心でも同じことだということを感じるのです。私はその何時も三、四十人あるもんだと、こう思っているもんですから。
 ま内輪に言うて一団体が、二十五名ですからね小口団体が。ま是でお参りは去年が四十人なら今年は五十人はあるとこう私は思うておるもんですから。さあ所が所謂その、所謂御造営やらで、おおごつち言う訳でしょう。まあだ麦播きが済んでおりませんきんとか、ね。娘が嫁いっとる娘のうちの新築の家移りがありますきんとか、何とかかんとかこうその何時も参らなきゃ、いや参らなきゃじゃない、お参りさせて頂くと。
 私が例えば月参りをさせて頂いとる時だって、是は絶対親先生のおい出られる所の、御本部参拝は、お供させて頂くというて、神様にお誓いをしているものがです。皆んな断ってくるわけです。まあおかげでその二十五名は出けておりますけれどもです。私の考えでは去年よりも多いだろうと、こう思うとったんです。でこう言う所にもです。いわゆる前向きの姿勢というものが、崩れておると言う事を感じますですね。
 いわゆる後すざりになっておるのであり、後ろ向きになっておるということです。ね。御本部参拝ぐらいは、もうお参りするもんだと、初めから決めて掛かったらどうだろうか。たとえよしどういう事情があっても、私が何時も言う様に、ね。椛目に五十人という、本当に良か信者、良か信者ちいうとこら良いけれど、その中心になる方がおられるとするならです。もうこの方達なんかはもう参るも参らんも無い。
 もう参るものとしとるから。おくような信心がもう大体言うなら、十五年もなってることだから、ま椛目としては、出来とらなければならない筈なのに、それであるこれは一つ考えなければならない事である。いわゆる、姿勢を正さなければならない、と言う様な事を、感じるのですけれどね。今日私御神前にでらせて頂いたら、あの皆さん浦島太郎。浦島太郎がですね。
 もう玉手箱をあの、いわゆる亀の背中に乗らせてもろうて、それから竜宮行きをいたします。ね。竜宮でその夢のようないわば、おかげを頂いていよいよ帰ってまいります。帰ってまいりますと、それこそ自分の住んでおった村は、変わってしまっておる。その住んでおる人たちまで変わっておる。ぼやぁっとなってしまってから、乙姫様との約束であるところの、玉手箱の蓋を開けてはならんものを、開けてしまった。
 中からぱっと白煙が立ったと同時に、いわば白髪のお爺さんになったと、こういうのですよね。その白髪の浦島太郎がです。ね。あの御造営の椛目の模型、しろういあの石膏で作った見事な模型なんです。その模型をもって丁度私が、お届け帳を何時もこう捧げているような格好で、こう持っているんです。もうそれがもう重とうして、重とうしてたまらんち言うげなふうで、もってる姿を頂くんですよね。
 ははぁもうあの御造営の事だけで、もう精一杯もうあれでも、持てんような状態であるということです。なぜかもう老衰しておるんだと。椛目の信心はもう老化しよるんだと。退化しよるのだと。前進のではなくて後すざりなのだと。前向きの姿勢ということが言われるけれども、もう後ろ向きの姿勢になっておる姿だと。神様のお約束をしておることを、迂闊に玉手箱の蓋を取ったら、言うなら白い煙がパーッと立つと同時に。
 いわば年寄りになった浦島太郎の状態であるのだ、椛目の現在の信心はということになるのです。そこで私共はもう一遍です、ね。もう一遍私は亀の背中に乗せてもらおう。生き生きとした、若々しい浦島太郎が必要だと。こんどの竜宮はいわば前の竜宮よりも、もっと素晴らしい竜宮を目指して、ね。亀の背中に乗らせてもろうて、いわゆる任せきった、信心度胸というか信心態度というか、ね。
 そういう姿勢が私は正されなければこれはもう、いよいよ老化してしまうだろう、こんなことではとこう私は思うのです。どうでしょうかもう一遍浦島太郎の、亀の背中に乗らせて頂く気持ちを、皆さんないでしょうか。皆さんがなられる。そして椛目全体にそれが波及していく。それが響いていく。ね。さああの人達に続けと言う様な、信心を皆さんがなさるという訳にはいけんだろうか。
 皆さんこんな思いにふけられることは無いでしょうか。私の思うておることじゃろうか。自分の心にです。ふっとこう言う様な事を思うておる。こう言う様な汚い心。ね。これではおかげは受けられんというような。夕べ私休ませて頂く為に二階に上がって、上がったら私の悪口を家内が言いよる。襖を開けた途端にその、私の悪口を言いようとが響いてくる、しかし言われても仕方が無い本当のことだから。
 長女と床を取りながら、言いよる。昨日あの総代会で、皆さん遅うまでお話があって、そこに降りて見えてからです。なかなか立とうとされんもんですから、もうお茶出させたっちゃ、お茶菓子が無かというごたるふうだったから、「ほんならあそこに、この頃あの、ぶどう酒ば頂いとったろが、ぶどう酒を」そっであの、「ぶどう酒ば、一杯づつ出さんか」ち言うてから、私が言うのにぶどう酒をほんなら出して。
 それでほんなら豊美が「お父さんは下で、皆にぶどう酒を飲ませちから、よか機嫌になってござる」とか何とか話したんじゃないでしょうか。そこで聞きよらんから解らんとじゃもん。そら家内の言う事です。言いよる事です「もうお父さんな呑みさえすりゃ良か」ち言うわけでもう「なんちや呑み、かんちゃ呑みでもう、お父さんどみゃもう呑んでさえおりゃ良かっじゃけ」ちいうごたるふうな事が私の耳に入ってくる。
 ほんなごつ私は呑むとが嫌いじゃないけれども、自分でもその沢山のお酒を頂いておるけれども、その晩酌どもする様な事があっちゃならんと、そこまでは謹んでおる。けど何か切っ掛けを作っては、この頃の壮年部会のときもそうですもん。これはもう皆がお話でも済んで、帰ろうち言うごつなってから、「いっちょ忘年会をいっちょやらじゃこての」ちいうごたる(笑い)ふうでも、ね。
 そう言う様な事がです。やっぱり家内にとっては、もう今から休んで良かていう時期に私が、そんなことを思い立つもんですから、やっぱりそれが気に入らんのですよ。ね。そう言う様な事が、もう何時か私を軽蔑することになっているんじゃないだろうかとこう思うのですね。「もううちのお父さんな、も飲みさえすりゃ良かもん」こげなふうに例えば、普通の人ち言えば、普通の人に違いないのだけれども。
 家内からそういうような風に、言われるようになっちゃもうお仕舞いだと私は思うですよ、本当言うたら。ね。そら嫌ちゃいやしません。ね。そら渋い顔しながらでも、酒の肴も作ってくれましたし、おかんも付けてくれましたし、ね。けれども心の中にはやはり、「ほんとにもう、呑むもんばっかりはきたなか」ち「何ちゃもう、何か口実を付けちゃ呑もうてする」といったようなものが、私に対する見方の中にある訳です。
 これはいわば私の、後ろ向きの姿なのである。ね。私のほんなら前進しておる姿、には、まあある意味で敬服するかも知れませんけれども、私が後ろ向きの姿の時には、家内からですら軽蔑される。これではおかげは受けられない。私の心の中にです。本当にこう言う様な、こう言う様な心の状態こういう心、ね。自分で自分を本気で見極めさせて頂く時にです。これではおかげは受けられないと言う様なものを発見する。ね。
 本当に皆さん自分なら、どこば改まりゃ良かじゃろか。どこばどう信心を進めていったら良いじゃろうかと、言う様な事ではなくてです。例えて言うならばね。子供達なら子供達の上に現れているところの、姿というものがです。そのまま自分の姿であると。自分が人の陰口を言うておる。人の悪口を言うておるね。その陰口を言うたり悪口を言うておる、そういう陰口を言うておる様な事がです。私の内容にないかどうか。
 私は悪口を言うても良いからですね、その言うておる悪口がです、はあ自分の心にも、同じものがあった事を気付いたら、私は悪口は言えなくなって来ると思う。陰口なんかは言えなくなって来ると思う。子供達の例えばあげなこつって、というてほんなら子供達の上にです。まちっとあげんあってくれれば良いのにと、こう思う様なものが子供達の中にあってはです。それは自分の後ろ向きの姿だと思うて間違いないです。
 まあここは良かとこだけを言いますけれども、私のほんなら長男だって、長女だってそうです。ね。「椛目の親先生ばかりは、自分げの娘やら、息子んこつばっかり、むご褒めちから、他所ん息子んこつは、悪口(笑い)ばっかり言うちから」。ほんに言われてみりゃそうです。昨日あの、総代さんが皆集まったところで、久富先生所の息子が参ってきた。ほれで、私が、そん息子ん悪口ば、皆ん前でいいよるっじゃん。
 自分げん息子んこつは言わんで、他所ん息子ん、久富先生は後ろにおりござるとです。それでもう、ああほんなごつ、自分げの息子の悪口も言わなんばってん、自分げん息子ん悪口はよう言わんどってから、人ん息子ん悪口ばっかり言いよる。ね。時に私は自分の心の中で、自分の子供やら息子やらのことを思うて見るのです。ね。そして、私の後ろ向きの姿がそのままあり、また子供達の後ろ向きの姿を見るときに、私のいわばこれから改めていかなきゃならん事を感じるのです。
 だからまあ例によっ良かとこだけを、(笑い)お話しましょう。この頃朝の御神飯、炊くのが二回遅れとるとです。それはまあ誰でもこう、頭下げとる時ですから知らんものは、知らんでしょう。こそうっと御神飯上げよる。ね。けれどもね御神飯を上げるという、御神飯をお供えさせて頂くということが、一分遅れるということはどういう重大な意味があるか知っとるかと私が言う。
 私共は例えば御神前に座らせて頂くのに、朝の五時の御祈念というたら、五時の御祈念。ね。それがもし一分遅れたら、どういう重大なことになってくるか知っとるかと。私はそれは言いませんでした。自分でもやっぱり考えておることでございましょう。がここへ出て来てから豊美が申します。この頃から二回ご無礼いたしましたと。だから御神飯を炊かせて前に、これから水をお水を水行をさせて頂くと。
 必ず御神飯を炊かして頂く前に、お水を掛からせて頂いてから、御神飯に掛からせて頂くだけの余裕をです、頂きたいと思うからどうぞよろしくお願いしますという。ここなんかは、もう私の信心そっくりです。ま良かとこが。私共は失敗がありましたら、必ず次に前進しとるです。これは私の十五年の信心を、皆さん振り返ってくだされば分かるです。私の素晴らしさはそこだと皆が言われるくらい、自分でもそれを思うです。
 さ所がです。ところが後がいかん。ね。なるほど御神飯を炊く前に、お水を頂いて、御神飯を炊きよりますから本当に有り難い。けれどもさあ御祈念が済んで、さあ何かとしよるころになってから、コタツの中に入ってから、グーグーやって、もう昼ごろまで寝てしもうとる。ここが例え、ほんなら、そういう姿がです、豊美ばっかりはどうした、でなくてから、私のそれはそのままの姿であるということ。ね。
 御神飯を炊く前にお水を掛かるというのは、前向きの姿。ところがその後がしだごだであるという事は、これはもう後ろ向きの姿。何のための信心やら分からないと言う様な感じがする。人見せの信心ならそれで良かかも知れん。ね。これはほんなら豊美だけのことではありません。長男にもそういうことが言えるのです。皆にそれが言えるのです。「そげなこつで、どうしておかげが受けられるか」と。
 例えば言いたい様な事がある時にはです。それは姿そのものが私の後ろ向きの姿であるという事を悟らせてもろうて、その後ろ向きの姿のときにです。例えば皆から皆からちいうて、ほんなら家内なら家内からでも、軽蔑されるものがあるんだということ。人の悪口も良かろ陰口も良かろうけれども、その悪口を言うておること、陰口を言うておること、そのことがです。自分の信心の内容の中にもあるということ。
 信心心の中にも。そういうものに私共が触れたときにです。それをとっちめて行こうとするところの意欲と。それが私は前向きの姿だと、こう私は思うのです。ね。椛目にとって、今大変な時である。ね。そして修行でも本気、貫き通さなければならない時である。後先は立派だけれど、真ん中がしだぐだであってはならん。現在の御造営の、そのことがです。もうなるほど、苦しゅうある。
 大変なものではあるけれども、それがもう生き生きとした喜び、楽しみでいっぱいでなからにゃいかんということ。もう老化した例えば浦島太郎がです。いわば御造営の模型を捧げておることは、捧げておっても、それが重して重うしてこたえんというぐらいな事でです。おかげの頂ける筈が無い。ね。御本部参拝口実ばかり言うてから、ああじゃから参られません。今度はこげなふうですけんご無礼します。
 いや神様に約束しておってから、ね。神様が言うならこの玉手箱の箱を開けなさんなよと言うてあるのをです。「ああ開けはしません」と約束しておりながら、ね。ぼやぁっとなっとるもんじゃけ蓋を開くる。そして一遍に年寄りになってしまっておる。本当に私は、ここに気付かせて頂いてです。もう一遍浦島太郎の出直しだと。ね。本気でいわば亀の背中に乗らせて頂いて、もうままよというどん腹なんだと。
 親先生任せにならせて頂くと。ね。神様任せ氏子が神様任せなら、神様が氏子任せになると仰せられますからと、十何年前の御理解の中に、このことが泥んこになるくらいに出ておった。金光様の言葉である。氏子が神様任せなら神様が氏子任せになると仰せられますから」、私共が神様任せになるというようなことは、ほんの些細なことであろうけれども、その些細なことを任せたおかげでです。
 神様が私共任せになって下さるような働きになってきたら、どういうことになってくるだろうかと思うのでありますから、ね。そう言う様な信心がです。段々陰が薄うなってきておる。ね。後ろ向かず後ひざりせず。いわゆる前進前進いわゆる、前向きの姿勢を持ってです。そのことに取り組んでいくところの、信心を頂いていかにゃいけない。悪口もよかろ陰口もよかろう、けれども言うておるそれ以上のようなものがです。
 自分にあるとするならばやっぱり人からもです、ほんなら陰口をいわれ悪口を言われていると思うて間違いないです。ね。自分の半身であるところを、家内からまで軽蔑されなければならない。しかし軽蔑されても仕方がないです、ほんなこつじゃから。ね。おれば甘く見るなという訳にはいかん。甘く見られる様な事があるもんだから。改めて一つ姿勢を正させてもらい、いわゆる前向きの姿勢を持ってです。ね。
 お互いの信心を生き生きしたものに、していかなければいけません。そして、御造営である。そういう心で御造営なされる時にです。なるほどそれは、椛目にとっては、大変な大修行でもありましょう、無理でもございましょうけれども、それがねえ、若いものの、生き生きした。
 「やるぞう」と言う様な勢いを持ってのことになって参りましたら、出来上がっていくという、そのことが、少しづつでもおかげを頂いて行く、そのことがです。もういわば、楽しいものになってくる。有り難いものになってくると。そこに私はまた、神様の働きがです。氏子任せになって下さるような働きが、頂けて来るとこう思うですね。
   どうぞ。